再入院

2018年3月19日。
あっという間の2泊3日だった。

17日午前、退院。
約2ヶ月半もの間、ずっと病院にこもりっきりだったので、外に出た時の空気は何とも言えないものだった。
これが「シャバの空気が云々」というやつだろう。
空気のキレイさで言えば、アイソレーター(簡易無菌室)が設置されている病室の方が遥かに上だとは思うが、それでもやはり外の空気というのは何かが違うのだ。

義父の車で自宅まで送ってもらう。
帰宅後、早速和室の上で寝転がった。
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やはり、自宅は落ち着く。
病室にいると、やはりどこか気が抜けないものだ。
これはどんなに長い期間入院して慣れたとしても、変わらないだろう。

夕方は息子とゲーム。
週末はどこにも出かけない日は必ずといっていいほど息子とゲームをしていたのだが、約2ヶ月半ぶりということもあってか、とても新鮮な感じがした。
息子もこの日を待ちわびていたようで、とても嬉しそうだった。
また、ちょっと出歩いてみようということで、家族で近所のコンビニまで行ってみた。
やはり体力がかなり落ちていたようで、自宅に戻ってきた時にはちょっとグッタリ。
今後入院生活が続けばますます体力は落ちるだろうし、いざ社会復帰するとなった際、この調子では通勤すらままならないだろう。
やはり入院中はなるべく体力を落とさないようにすること、また退院後いかに早く体力を元に戻せるかが、社会復帰へのカギとなりそうだ。

18日。退院2日目。
自分も妻も、遅い時間まで布団の中でゴロゴロ。
息子だけは早めに起きて、YouTube を長々と見ているものの、自分や妻に小言を言われ、渋々ノートPCを閉じる。
これも我が家の週末の日常なのだが、約2ヶ月半ぶりのこの光景がとても懐かしい。
何でもないようなことが、幸せだったと思う。
本当にあの歌の歌詞の通りだ。

この日も特に何もせず、自宅でノンビリしていた。
ずっと車に乗っていなかったので、忘れないようにとちょっと近所を20分ばかし乗り回してきたくらいだ。
また、久々に息子と一緒に風呂に入り、湯船に浸かった。
病院にも湯船付きの風呂はあるのだが、体力的にちょっと不安だったり、しょっちゅう貧血気味になっていたこともあって、ずっとシャワーで済ませていたのだ。
やはり、風呂は湯船に浸かった方が疲れが取れる。

そろそろ寝ようか、という頃、息子が泣き出してしまった。
翌日、学校行っている間に自分が再入院してしまうことを思い出したら、寂しくなってしまったようだ。

年末、急にいなくなり、約2ヶ月半も不在。
やっと帰ってきたと思ったら、たった二晩でまたいなくなってしまう。
そして次はいつ帰ってくるかもわからない。
やはり8歳の息子にとって、父親の入院というのは堪えていたようだ。
本当に申し訳ないと思う。

何とかなだめていると、息子が真顔になって、「こつずいいしょくってなに?」と聞いてきた。
自分や妻がよく話しているのを聞いて、それが自分の病気に関わる何かであることを悟り、聞きたくなったようだ。
そういえば、まだ8歳だから説明したとしても理解できないだろうとか、怖がらせてしまうかもしれないという思いから、息子にはちゃんと説明をしていなかった。
そこで、「急性骨髄性白血病とは?」「抗がん剤治療とは?」というところから、順を追って一つ一つ噛み砕きながら説明していった。
どこまで理解できたかはわからないが、息子なりに父親が今どんな病気と闘っているのか、興味を持ってくれたことに対して、息子の成長を感じた。
聞けば、自分が入院後、妻の負担を少しでも減らすため、洗濯を干したり畳んだり、といった手伝いをほぼ毎日、特に何も言われずともやってくれるようになったらしい。
「親は無くとも子は育つ」と言うが、今回の自分の病気が、自分と妻だけでなく、息子にとっても成長できるきっかけになっているのかも知れない。

19日。いよいよ再入院の日の朝。
またも息子が半べそをかいたりと、バタバタしたものの、久しぶりに登校班で学校に向かう息子を見送った。
もうすぐ2年生もおしまい。
3年生になったらどんな感じになるんだろうか。
そういえば、息子の一人称は未だに名前なのだが、「ボク」とか「オレ」に変わったりするんだろうか?
少しずつお兄ちゃんになっている息子。
楽しみでもあるし、ちょっと寂しさもある。

その後、義父に車で送ってもらい、再入院。
今度も4人部屋だが、窓際になった。
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前よりも明るいのはいいが、晴れた日の午後は西日で暑くなるのが難点だ。
個室なら遠慮なくエアコンの温度を下げるのだが、4人部屋だとそれも難しい。
小型の扇風機でも買ったほうがよいだろうか。
そういえば量販店のポイントがそこそこ貯まってたな…。

今後の治療方針について、主治医と話をした。
前回のCAG療法だと、悪くはならなかったもののそれほど良くもならなかったこともあり、今回も同じCAG療法で行くか、もう少し身体への負担が軽い抗がん剤治療にするか、検討中ということらしい。
なので再入院初日からいきなりカテーテルを突っ込むことは無くなった。
自分としては、今後は造血幹細胞移植の日程が決まるまでは、抗がん剤治療の合間に帰宅することを希望している、という話をしたところ、主治医としても極力そのようにしたい、という返事を頂くことができた。
抗がん剤治療はだいたい1クール1ヶ月、というのが基本なので、その時の病状や自分の体調次第ではあるものの、うまくいけば1ヶ月に1回は一時退院することができそうだ。

1ヶ月後は息子の9回目の誕生日。
正月も、自分の誕生日も、今月末の結婚記念日も自宅で迎えられなかったが、せめて息子の誕生日は自宅で一緒に祝いたいところだ。

一時退院で鋭気を養い、気力は充実した。
自分のためにも家族のためにも、改めてがん治療に前向きに取り組み、そしていつか、必ず完治させてみせる!!

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