3回目

2018年2月14日。
入院してちょうど50日目の今日、3回目の抗がん剤投与開始。
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先日、骨髄穿刺を行ったところ、まだがん細胞が残っていることが判明。
最終的には造血幹細胞移植するにしても、やはりまずは寛解させてから、ということで、3回目となってしまった。

1回目・2回目は首の右側から入れていたが、今回はバランスを取って左側から。
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前回と同じく2週間で、アクラシノンという抗がん剤を30分*4日間、キロサイドという抗がん剤を24時間*14日間ぶっ通しで入れ続ける。
こちらとしてはもう、なるようにしかならないので、とにかく今度こそ完全にがん細胞を殲滅することを祈りつつ、せっかくの与えられた時間を有効活用して、新たな技術習得や、プロダクト開発を進めていきたい。

…と、今でこそ前向きにとらえているが、数日前まではかなり落ち込んでいた。

まず、2回目の抗がん剤投与でもがん細胞が残っていたという事実。
主治医から伝えられた際、表面上は取り繕っていたものの、内心かなり動揺していた。
さすがに2回も抗がん剤投与すれば、がん細胞が残っていることなどあり得ないと考えていたからだ。
そもそも、入院当初は1回目の抗がん剤投与で寛解させることを目指していたし、それができていれば造血幹細胞移植などというリスキーな手術をせずに済んだはずだ。
それが3回目ともなると、4回目、5回目もあるんじゃないかと考えるようになり、終わりの見えない闘いにウンザリしてきてしまった。

さらに、妹2人ともHLAが半分しか一致しなかったという事実。
兄弟姉妹でも25%しか完全一致しないということは分かっていたが、それでもせめてドナーとして適合性を認められるくらいは一致してくれるだろうという淡い期待をしていただけに、結果を知った時はさらに落ち込んでしまった。

誰が悪いとか、努力が足りないとか、そういったことではなく、皆が最善を尽くした結果がこうである。


であれば、もう自分は助からない運命なのではないか。

これ以上無駄な努力をするより、潔く最期の日を迎えた方がいいんじゃなかろうか。

どうせ死ぬなら、もう帰りたい。

帰って家族と過ごしたい。


そもそも、何がいけなかったんだろう。

天罰を受けるようなことをしたんだろうか。

自分はそういう星の下に生まれたんだろうか。

次はもっと、普通の人生を歩みたい。


そんな考えが頭の中をぐるぐるループするようになってしまった。
そして、この気持ちをどうにも整理することができずにいた。

主治医や看護師さんにこんな気持ちをぶつけても、どうにもならないだろう。
彼らはいつも最善を尽くしてくれている。
とても気を使ってくれている。
これ以上、何をしてもらおうというのか。

ブログやSNSに書いたところで、「頑張れ」って言われるだけだろう。
「頑張れ」って言われても、頑張りようがない状態で、何を頑張れるというのか。
ただ抗がん剤やら何やら点滴されて、気分悪ければベッドの上で寝転んで、気分がよければ起きて、というだけだ。
リハビリ頑張るとか、そういった自分が努力する何か、が何もないのだ。
でも皆、それしか言いようが無いのだ。
それが痛いほど分かるだけに、ヘタなこと書いてお互い気分を害するような事態にはしたくなかった。

そして妻にこんなことを話すのは、絶対に避けたかった。
今一番大変な思いをしているのは、妻なのだ。
突然夫が入院し、一人で家を守らなければならなくなったのだ。
その妻に、これ以上余計な負荷をかけたくない。

完全に袋小路にハマってしまった。

もうダメだ…。


そんな時、妻がお見舞いに来た。
家のこと、息子のこと、今月から始めた新しいパートのこと、自分の治療のこと。
他愛もない話をしているウチに、少し気がラクになってきた。
そこで妻に、実はこんなことを考えてしまっていた、という話をした。
そしたら、そういうことはもっと言ってくれていい、と言われた。
ツラいときは、LINEでも電話でもいいから、話してくれと。
一番大変なのは、命の危険が迫っている自分の方なんだからと。

そう言われた時、本当に妻と結婚してよかったと、心の底から思えた。
そしてその妻のために、息子のために、何が何でも生きて帰らなければ、という入院当初の気持ちがようやく蘇ってきた。

ウチは亭主関白ではないし(むしろ逆)、特にそんなに古風な考え方をしているつもりは無かったのだが、心のどこかで、妻に甘えるだなんてカッコ悪い、という意識があったのかも知れない。
でもやはり、本当の心の内をさらけ出せるのは妻だけだし、また10年ちょっと前まで赤の他人だった妻と、いつの間にやらそういった関係になれていたのは、本当によかったと思う。


こうしてやっと、袋小路から抜け出すことができた。
今後もまた、治療が長引くにつれて弱気になることがあるかも知れない。
そんな時は、今度は遠慮すること無く、妻に甘えたいと思う。

この記事へのコメント

  • ai

    はじめまして。
    以前からblogを拝見させてもらっていました。
    20代後半 急性骨髄性白血病M2の患者です。2017.11~治療をしてます。
    現在地固め2回目が終わり、一時退院中で2月末から地固め3回目が始まります。

    初めの頃、何回も辛くて1人で泣いてました。
    そして高熱が何回も続き、死の恐怖を経験しました。
    辛い時は、信頼できる人に話を聞いてもらったりしたら楽になりますよ!

    お互い治療辛いですが、人生まだまだ長いです!!!自分のペースで頑張りましょう😊
    2018年02月17日 15:09
  • はらき

    >aiさん

    コメントありがとうございます!
    そうですよね、やっぱり信頼できる人に話聞いて貰うのが一番いいですね。

    aiさんは地固め2回目が終わったということで、治療は順調に進んでいるようで何よりです😄
    お互い、完治まで長い道のりですが、頑張りましょう!💪
    2018年02月19日 07:07